「必要とされる人財」(成長を続ける人財) 2022.08.01会長ブログ 「必要とされる人財」とは(成長を続ける人財)■年齢を重ねても、「成長を続ける人」と「厄介な人」の違い。1)自分自身を客観視できること。 自分自身の強味や弱味を知る。 他者の意見を聞き、失敗や過ちを認めること。厄介な人とは、自分自身を客観視できず、場の服装がチグハグ、話もかみ合わなかったりする。 仕事での自分の商品(市場)価値レベルも分からず、気にもせず、努力の方向性さえ間違っている。客観視できる人は、自分の仕事で「何ができて、何ができないか」「どの程度のレベルか」「これをすれば、どうなるか」「時間と努力の量の過不足は」などが分かっているから、自分の役割の認識と、他者に頼ったり、譲ったりもできる。2)「貴方がいないと困る」を、早くから意識して仕事をしている。なにかしらの専門家(専門性を身につける)と、なることを早い時期から、意識しながら仕事をしている。その為に、①仕事の専門性を常に言語化できるように意識している。 ②仕事は即やり、最後までやり切るように努力している。 ③仕事では、人の期待を越え続けるように意識している。3)学ぶ→実践でなく、「実践→必要なことを学ぶ」 (要らない努力、無駄な努力をしない。)学校教育でない実践教育(実学)では、学んでから実践するのでなく、実践してから必要なことを学ぶ。 (アウトプットが先で、インプットは後)実践しやってから、壁や問題や失敗と出逢い、そこからの学びや教えが遥かに無駄なく身につく。座学の勉強や練習(セミナーオタクや耳年増にする)よりも「やらざるを得ない」状況に追い込まれての、必要な知識や学び、実践しての躓き(つまずき)からの学びやアドバイスの方が遥かに身につき、身に染みる。やってない人の課題や問題や壁は、いつも同じであり、何も変わらない。課題自体や問題自体や壁自体も静止して、そこにとどまり変化もない。何故なら「何もやってない」からである。「知るとやるとは、天地の差」それが、要らない努力や無駄な努力と、無駄な時間を省くことにつながる。(幅広い教養や知識とは別物である。:三角比のサイン・コサイン・タンジェントなど。)以上。 会長ブログ